【社説】「決定障害」に陥った韓国政府、批判受ける勇気が必要だ

  • 2019年5月9日

韓国政府がまたも「決定障害」に陥った。企画財政部が今月初めに出すとしていた酒税法改編案発表を無期限延期したのだ。現行の価格に基づいて課税する「従価税」をアルコール度数・量に基づいて課税する「従量税」に変えようという決定を6カ月間ですでに3回先送りした。酒の価格が上がるだろうという批判世論と酒類業界の複雑な利害関係を意識したためだ。政府がきょうあしたと延ばしながら「50年ぶりの酒税改編」が水泡に帰するのではないかとの懸念も出ている。

酒税改編がたびたびこじれるのはそれ自体が一気に解くのが難しい高次方程式であるためだ。国産ビールの逆差別解消、焼酎価格の引き上げ不可、競争を通じた高級化誘導など指向目標がいずれも制約要因である形だ。また、従量税により「1リットル当たりOOOウォン」という方式で税金が固定されれば酒の価格が引き上げられても税収は増えず、税金引き上げ時に毎回税法を修正しなければならない問題もある。政府が決断を先送りするほど来年の総選挙を控えた国会が簡単に通過させるか疑問になる。

韓国政府の「決定障害」はこれだけではない。責任を負わなければならない決定を忌避し社会的合意を名分にして委員会に押し付けるのが一度や二度ではない。保健福祉部が国民年金改編案を「現行維持」を含む4つの選択肢を出したのが代表的だ。まともに作動もしない経済社会労働委員会に投げたまま何の進展もない。最低賃金決定体系改編案も経済社会労働委員会に回したが対立を拡大し時間ばかり浪費した。国家教育委員会に回した大学入試制度改編案は次の政権でまたどのように変わるかもわからない。

国民すべてを満足させる奇想天外な政策は存在できない。一方が有利ならばもう片方が不利になることもある。最善の代案を探し利害当事者を説得するのが政府の役割であり義務だ。議論が多いからと政府が決定を先送りして責任を回避すればその被害はそっくり国民に返ってくる。いま政策当局者に必要なことは批判を甘受し結果の責任を負う勇気だ。