韓経:【コラム】韓日中古典の光と影

  • 2019年4月3日

東洋思想の流れは2500年ほど前の孔子の儒学から発源した。儒教の基本経典である四書三経は漢字文化圏の人文学教科書だった。韓日中3カ国はこの古典の影響を受けながらそれぞれ異なる近世を経験した。

韓国では9世紀の『桂苑筆耕』と高麗時代の『三国史記』『三国遺事』などを古典に選ぶ。日本では8世紀の『古事記』『日本書紀』『万葉集』などを挙げる。だが韓国と日本の思想史は文学・歴史書より儒学を中心に展開した。

儒学のうち最も勢力を伸ばした教理は性理学だ。12世紀南宋の朱熹が集大成したため朱子学と呼ぶ。朝鮮時代の学者は経典原本より朱子の解釈を重視した。朱子の教理と違うように解釈すれば斯文乱賊とされた。日本では朱子学を受け入れながらも朝鮮より自由で実用的な方向に転換した。

日本の儒学者荻生徂徠は朱子学的解釈を拒否し古典の本来の意味を精読する古文辞学を確立した。孔子の「仁」を「愛の理であり心の徳」と考えた朱子とは違い、「民を心安らかにすること」と考えた。また「学而」編の「人不知而不温」を「他人に認められなくても腹を立てない」ではなく「上の人に認められなくても腹を立てない」と解釈した。

『論語』の最初の一節「学而時習之不亦説乎」も異なる解釈をした。ここで「習」は白い羽の羽ばたきを意味するもので、身につけるのではなく実践するという意味ということだ。そこで「学んで時あるごとに身につければ楽しくないだろうか」より「学んで熱心に実践すれば楽しくないだろうか」が本来の意味に近いといった。

彼の学問に敬服した丁若ヨン(チョン・ヤクヨン)はこれを自身の著書『論語古今註』に引用し、「いまや彼らの文と学問がわれわれをはるかに超越しており恥ずかしいばかり」と吐露した。後生の学者は孔子思想の「斉家」と「治平」のうち「斉家」に重点を置いた朝鮮と「治平」に焦点を合わせた日本の差を比較し日本の近代化が早かった理由を説明したりもした。このように同じ古典でも受け入れて活用する方法によって結果が変わる。

日本が新しい元号「令和」を自国の古典『万葉集』から引用したと明らかにした。だが中国の詩文集『文選』にすでに載せられた内容という指摘が日本の学界で提起された。あれやこれや古典源流の壁を跳び超えるのは難しいようだ。不朽の古典こそ「最も古い始まり」であり「最も新しい源泉」といえる。