韓経:「手錠かけられる覚悟で手術…いまでは欧米から学びに来る」

  • 2019年3月26日

ソウル聖母病院(旧明洞聖母病院)の医療陣が1969年3月25日に韓国で初めての臓器移植手術をしている。(写真=ソウル聖母病院提供)

明洞(ミョンドン)聖母病院(現ソウル聖母病院)のイ・ヨンガク外科教授(故人)は1969年3月、米シカゴのある医療機関から腎臓移植手術が可能か尋ねる手紙を受け取った。韓国戦争(朝鮮戦争)当時に米軍の軍医官として勤めた彼は戦争が終わった後にヒューストンのベイラー医科大学で血管手術の技術を習得して帰ってきた。イ教授は躊躇しなかった。「できる」とすぐに返事を送った。韓国の医師が行ったことのない道だった。慢性腎不全を病んでいた在米同胞のチョン・ジェファ氏は3月25日に手術台に上がった。母親が腎臓を寄贈し2回目の命を与えた。手術は成功した。腎不全で貯まっていた尿が勢いよく出た。当時臨床講師(フェロー)として手術に参加したキム・インチョル韓国観光大学高齢者専門病院長(元カトリック中央医療院医務院長)は「外科医ならば人を助けるのが当然だったため手術に参加した医療陣全員恐れはなかった」と話した。

◇1969年の初の移植から50年

「きのうまで不可能だとしていたものが、きょうには1~2カ所でできるようになり、あすには普遍化する」。肝移植手術の創始者である米トーマス・スターツル教授の言葉だ。韓国の臓器移植手術も同様だった。米国の1954年、日本の1959年より遅れたが発展速度は速かった。イ教授チームが火ぶたを切った後、同年にはソウル大学病院などで腎臓移植手術が行われた。

命を助けるための挑戦だった。だが完全ではなかった。組織適合性検査が開発されておらず、血液型だけ合えば手術した。免疫抑制技術も不足していた。1972年にスイスで移植拒否反応を減らす抑制剤が開発されてから手術も発展した。漢陽大学病院のクァク・ジンヨン教授チームは1979年1月に脳卒中で脳死状態となった50代男性の腎臓を移植する手術に成功した。脳死の定義すらなかった時だ。1988年に肝臓移植手術を初めてしたソウル大学病院のキム・ステ教授チームも同様だった。「手術に失敗したなら手錠をかけられてもいい」と院長を説得し10時間を超える大手術をした。アジア初の肝移植手術だった。

その後移植手術は競争的に行われたソウル中央病院(現ソウル峨山病院)のソン・ミョングン教授が1992年11月に脳死者の心臓で命を助けた。肺や小腸などに移植範囲は次第に拡大した。キム・インチョル院長は「良い外科医は鷹の目、ライオンの心、淑女の手を持っているという。こうした姿勢で韓国医学を発展させてきた」と話した。

◇米国で学んだ手術技術を世界に伝える

草創期の韓国の医師らは米国で手術の技術を学んだ。ソウル大学医学部教授が1950年代に米国の医療技術を学んで帰ってきたミネソタプロジェクトが代表的だ。いまでは米国や欧州の医師が韓国を訪ねる。韓国の医師が手術の限界を克服する多様な方法を開発したためだ。人口100万人当たりの脳死臓器提供者は韓国が9.95人でスペインの46.9人、米国の31.9人などに比べ極めて少ない。生きている人の臓器を移植する生体手術でこれを補完している。ソウル峨山病院のイ・スンギュ教授チームは2000年に生きている寄贈者2人の肝臓を1人に移植する手術に成功した。世界で初めての記録だ。外科医の間では夢の手術と呼ばれる。

免疫抑制剤を投与しなくてもよい肝移植手術、血液型が異なる患者の肝移植手術なども韓国が世界技術を牽引している。寄贈者の暮らしの質も高めている。ソウル大学病院のソ・ギョンソク教授チームは2007年に寄贈者の開腹手術をせず腹腔鏡で肝右葉を切除する手術に世界で初めて成功した。移植手術成功率は世界最高だ。韓国初の腎臓移植手術をしたソウル聖母病院の移植腎臓生存率は92%だ。肝移植成功率は95%で、米ピッツバーグ医科大学の82%を上回る。

韓国の医師らの挑戦は異種臓器移植手術につながっている。ソウル大学病院のキム・ミグム眼科教授は今年上半期に無菌豚の角膜を人に移植する臨床試験をする計画だ。手術が行われれば世界保健機関(WHO)の認証を受ける初の手術になる。ソウル大学医学部バイオ異種臓器開発事業団は下半期に無菌豚の膵島を人に移植する手術をする計画だ。