韓経:【コラム】三・一運動100周年、記憶しなければならない人物

  • 2019年1月31日

ロシア沿海州ウスリースクの抗日遺跡に独立活動家崔在亨(チェ・ジェヒョン)先生の追悼碑が建てられるという。咸鏡道(ハムギョンド)の慶源(キョンウォン)で奴婢の息子として生まれた先生は、幼少期に沿海州に移住し軍納事業で富豪になった。稼いだ金はすべて独立運動に捧げた。抗日義兵組織同義会、韓人新聞の大東共報、韓人実業家の集まりに偽装した抗日団体の勧業会を率い、30校余りの学校を作って同胞を教えた。安重根(アン・ジュングン)義士の伊藤博文狙撃をともに計画し支援したのも先生だった。

1920年4月、日本軍が沿海州一帯の韓人集落を襲撃し無差別に殺傷、破壊した「4月惨変」の際に先生は殉国した。1962年に建国勲章が叙勲されたが先生の生涯が注目されたのは最近になってだ。昨年秋に踏査を主管した韓民族平和分かち合い財団は国費と独自の予算を加え先生が殉国したウスリースクに追悼碑を建てることにした。殉国99周忌である4月ごろ起工式をするというのでさらにうれしい。

◇天道教が先導した三・一運動

三・一運動当時、独立宣言書に署名した民族代表33人のうち最初に登場する名前は孫秉熙(ソン・ビョンヒ)だ。孫秉熙は崔済愚(チェ・ジェウ)、崔時亨(チェ・シヒョン)を継ぐ天道教の3世教祖だった。当時天道教は信者300万人の最大宗教団体だった。庚戌国辱後10年以内に国権を回復すると宣言した孫秉熙は権東鎮(クォン・ドンジン)、呉世昌(オ・セチャン)、崔麟(チェ・リン)を前面に出して独立運動を推進し、別途に独立運動を計画していたキリスト教だけでなく仏教、儒林など各宗教を網羅して手を組んだ。

民族代表33人のうち天道教が16人、キリスト教が15人、仏教が2人だった。しかし解放後に天道教の教勢は極度に萎縮した。ソウル・慶雲洞(キョンウンドン)に中央大教堂と中央総部を作るとして信者から集めた建築寄付金500万ウォンのうち30万ウォンだけを建築費用に使い、残りはほとんど独立運動軍の資金に使った天道教の危局献身を記憶する人たちが少ないのは単に萎縮した教勢のためだけだろうか。

崔在亨先生と天道教だけではない。昨年秋に沿海州と中国・北間島、西間島の抗日遺跡を調査しながらあまりにも恥ずかしかった。内外で独立闘争に献身した先祖に対し正しく知っていることはなかった。ハーグ密使としてだけ知っていた李相卨(イ・サンソル)先生は沿海州で戦って殉国した。祖国の独立を果たせなかった自身をとがめて祭祀もしないでほしいと話したという。

◇独立活動家の生涯、どれだけ知っているか

猟師出身の洪範図(ホン・ボムド)将軍、北間島抗日運動の中心地の明東村を率いた「間島大統領」金躍淵(キム・ヤクヨン)先生、鴨緑江を渡り丹東で貿易船舶会社を運営しながら金九(キム・グ)、金嘉鎮(キム・ガジン)、金元鳳(キム・ウォンボン)ら多くの独立英雄を上海に送り出した英国人ジョージ・L・ショー…。 臨時政府の主要人物も名前でも知っていればまだ幸いで、具体的な生涯に関しては無知だというのが率直な告白だ。

1カ月後には三・一運動100周年だ。多くの記念行事と事業が推進されているが、最も重要なのは身を捧げて献身した独立活動家の生涯を記憶し共有することだ。過去史を心から反省しない日本の警覚心を呼び覚ます最も確実な方法であるためだ。「過去は終わった」として賠償責任の不可逆性を主張し、過去を反省しないまま未来を話す彼らの二律背反に対し恥ずかしさを悟らせる方法がまさに記憶だ。

そうするなら独立活動家1人1人の生涯を詳しく知らなければならない。そうした意味で「親日人名辞典」に劣らず重要で必要なものが「抗日人名辞典」だ。国家報勲処のホームページに1万5000人の生涯が整理されているが、より簡単に広く読まれ共有される方法が必要ではないだろうか。