韓経:【コラム】落ちていく韓国国策研究機関の地位

  • 2018年9月14日

韓国が「世界10位圏の経済大国」になる過程で国策研究機関の功労は大きかった。李承晩(イ・スンマン)初代大統領は原子力の価値を知り、1959年に初めて国策研究機関の原子力研究所を設立した。金日成(キム・イルソン)主席が1962年に寧辺(ヨンビョン)に原子力研究所を完工したが、これより3年も早かった。朴正熙(パク・ジョンヒ)大統領は1977年に古里(コリ)1号機を竣工し、「原子力強国」の軸を築いた。

世界最貧国レベルだった国に世界的な企業が次々と登場したのは韓国科学技術研究院(KIST)の役割が大きかった。1965年に朴正熙大統領を招請したリンドン・ジョンソン米大統領は科学技術に対する朴大統領の愛着を知り、工科大学の設立を提案した。すると朴大統領は「工業技術研究所」設立への支援を要請し、KISTが誕生した。KISTは電子・重化学・鉄鋼など韓国の製造基盤の産室になった。

経済部門では韓国開発研究院(KDI)が最初だ。1971年の設立当時に37歳だった金満堤(キム・マンジェ)教授が初代院長を務めて話題になった。朴正熙大統領が「金教授が書いた韓国経済新聞(当時は現代経済日報)のコラムが印象的だったが、彼を院長にするのはどうだろうか」と自ら指名したというエピソードが伝えられている。KDIはいつも重要な時期に活躍した。経済企画院の姜慶植(カン・ギョンシク)次官補らと力を合わせて安定化政策を1978年から始めたという歴史は今でもよく話題になる。過剰投資で疲弊した経済は体質を改善し、全斗煥(チョン・ドゥファン)大統領当時に「史上最高の好況」を迎えた。

「ICT強国大韓民国」にも1976年に設立された韓国電子通信研究所(ETRI)の後押しがある。ETRIは1996年に符号分割多重接続(CDMA)通信技術を世界で初めて商用化し、「携帯電話神話」の礎石を築いた。1986年にサムスン半導体通信、金星半導体、現代電子などと始めたプロジェクトで韓国メモリー半導体を世界1位に引き上げた。

歴史の峠で大きな役割を果たしてきたが、その地位は徐々に落ちている。ETRIは民間に情報通信技術(ICT)開発主導権を譲り、政府傘下のサービス機関という程度で認識されている。「脱原発」の流れの中で韓国原子力研究院の雰囲気も冷めている。

韓国の「代表シンクタンク」KDIの地位も以前とは違う。KDIは2016年10-12月期の成長率をマイナスと予想した。しかし翌年初めに発表された実際の成長率は0.4%と確認され、非難を浴びた。KDIは先日、「雇用ショック」について最低賃金引き上げの影響を排除できないとし、政府と対立する姿を見せた。

最近は1988年に設立された労働研究院が注目される国策研究機関に浮上している。青瓦台(チョンワデ、大統領府)の張夏成(チャン・ハソン)政策室長が雇用楽観論を維持した背景に労働研究院があり、数日前に発表された雇用統計に不意打ちを食らったという話も聞こえる。国策研究所までが流れに乗るべきなのか、見ている方ははらはらする。

ペク・クァンヨプ論説委員