韓経:いつかGMは韓国を離れる

  • 2018年4月26日

2020年1月初め。米ゼネラルモーターズ(GM)のバリー・エングル海外事業部門社長が極秘裏に訪韓した。エングル社長は企画財政部と産業通商資源部、金融委員会、産業銀行などを回り「韓国GM生存計画(viabilityplan)」を説明した。韓国GMの中長期生存のためには韓国政府と産業銀行の資金支援が必要という請求書を差し出した。数千億ウォン規模だ。支援を拒否すれば荷物をまとめるほかないと話した。

韓国経済新聞は同じ月にGMが2018年に続き韓国政府に再び資金支援を要請したという事実を特筆大書した。韓国政府はこれを否定したが2日もたたずに事実と明らかになった。「GM撤退説」の亡霊がよみがえる瞬間だった。

GMはすぐに重大発表をした。年末までに昌原(チャンウォン)工場を閉鎖するとした。富平(プピョン)第1・第2工場を統廃合し単一工場として運営するという計画も出した。年50万台の生産体制を30万台に縮小した。2018年の群山(クンサン)工場閉鎖に続く措置で、「段階的撤退」が現実化したのだ。

韓国GM労働組合はすぐに反発した。韓国政府はタスクフォースを構成した。GMに対する世論は良くなかった。2018年に産業銀行が有償増資を通じて5000億ウォンを投じてから2年もたたずにまた資金を要求したためだ。韓国政府内でも今度は強く出なければならないという意見が多かった。市場ではGMの態度に憤怒する声が大きくなった。

国民感情とは違い現実は厳酷だった。15万人の雇用がかかった状況でだれもGMに「出て行くなら出て行け」と脅すことはできなかった。タイミングも微妙だった。4月15日の総選挙を控えた状況だった。仁川(インチョン)と昌原地域の政治家らが立ち上がった。労組は鉢巻きを巻いてストに出た。GMは労組に矛先を転じ韓国政府に仲裁を要求した。いつのまにか韓国GM問題は韓国政府と労組の戦いに変わった。

GMは主導権を握った。労組が横になれば全面撤退カードを切る態勢だった。そうしたところで数年後に予定された撤退時期を繰り上げるだけのことだ。韓国政府が労組をなだめれば資金支援を受けられる公算が大きい。曲折の末労組は自助案を受け入れた。韓国政府と産業銀行は追加資金支援を約束しGMを引き留めた。

再び2年が流れ、大統領選挙を控えた2022年新年初頭。今度はメアリー・バーラGM会長が韓国行きの飛行機に乗った。2018年と2020年のデジャブだった。

今年起きた韓国GM問題に対する思い出を込めて考えてみた想像だ。いまは2018年だ。韓国GM労使は難航の末に骨を削る自助案に合意した。資金支援規模と方式をめぐり韓国政府とGMが詰めの交渉を行っている。企業構造調整に「正解」はない。だれかが血を流さなければならない。産業銀行がGMの要求通りに資金(国民の税金)を入れれば数十万人の雇用を当分守ることができる。要求を拒否すればGMは韓国から荷物をまとめ数十万件の雇用が消えることになる。

こうした脈絡で見る時、記者は李東杰(イ・ドンゴル)産業銀行会長が掲げた「コスパ論」に同意する。「コスト(資金支援)に比べ社会的便益(雇用維持など)が大きければ良い」という企業構造調整原則のひとつだ。ただ韓国政府と産業銀行がいつまで、いくらの資金を入れるべきかは冷静に確かめてみなければならない。GMが10年間黙々と残っているものと期待すれば困る。記者の想像通りに今後の総選挙と大統領選挙を控え今年のような事態が繰り返されるならば、その時決定するにはあまりに遅い。いつかGMは韓国を離れる。