韓経:【時論】韓米通商摩擦の解決法、歴史から見出せ

  • 2018年2月27日

韓米通商摩擦は1980年代中盤から始まった。その時や今も通商摩擦の背景と展開状況が似ている。当時レーガン政府は「米国の富強と豊かさ」を前面に出したが、トランプ政府は「米国優先主義」を掲げている。対内的には減税と規制緩和、対外的には「公正貿易を標ぼうする新重商主義保護貿易政策」だ。また、主な攻撃の目標がレーガン時代には日本だったし、今は中国だが、実質的にその影響が飛び火した国は韓国という点で似ている。ほとんどの輸出品目に対する全方向的な攻勢と規制手段が多様に網羅されている点でもそうだ。

当時には韓国を開発途上国・同盟国と見なして大目に見てくれた時代だったが、そうした中でかけられた通商圧力は韓国としては国家の非常事態水準だった。米国はカラーテレビとアルバムの反ダンピング提訴、鉄鋼など相殺関税調査、繊維輸入凍結法案の上程、靴のセーフガード措置と半導体の特許権侵害調査など韓国の主な輸出品をほとんど取り上げていたようだ。それに、韓国の先端製品とサービスおよび農畜産物に対する市場開放と知識財産権の保護、公正貿易の遵守などを求めつつ、最も強力な米通商法上制裁手段である「スーパー301条」発動という脅しをかけた。「血盟がここまでするのか」という不満が高まり、ソウル光化門(クァンファムン)では零細アルバム業者がリヤカーにアルバムを乗せてきて投げる事態まで起きた。反米感情が高まったのはもちろんだ。

この時から韓国は試行錯誤を重ねると同時に費用を投じて少しずつ対応能力を備えることになった。筆者はその時、商工部で米国担当課長を務めて指揮部にもいたが、ワシントンDCに商務官として派遣されて「現場の消防隊長」役割も果たした。韓国は米国上下院議員と消費者団体、輸入業界、農産物生産団体、防衛産業界など両国通商摩擦の解消に役立つ親韓勢力を結集して手紙書きなど米政府に影響力を及ぼすことができる行事を誘導した。米国有数の法律会社とロビイストを雇用して防御・説得論理を開発した。政府の通商組織も補強して専門人材も育てた。

その結果、米国側でも愛称で呼ぶような韓国の高位交渉専門家が出始めた。ビジネスの都市でないワシントンDCに韓国貿易協会と主要大企業の支社も開設して現地投資を拡大し、米国商品購買使節団も派遣した。セーターのダンピング提訴のように米国メディアへの投稿が雰囲気を反転させた事例もあった。このような努力のおかげなのか、当時の通商摩擦を乗り越えることができた。その後、約30年間比較的に円満で洗練された両国通商関係を続けており、韓米自由貿易協定(FTA)まで締結するに至った。トランプ政府に入って韓米両国は再び深刻な通商摩擦を体験している。トランプ政府は韓国製洗濯機・太陽光パネルにセーフガードを発動したことに続き、鉄鋼製品には「安保」を前面に出して致命的な水準の関税を課そうとしている。しかし、これは始まりに過ぎない。

韓国の通商戦線は1980年代のように組織的でない。通商主務部署は何度も変わり、交渉の専門人材もかつての水準に及んでいない。業界の対応も足りない水準だ。しかし、遅れてはいない。通商問題に対する政府をあげての指揮部を明確にし、現地組織網を補強しなければならない。通商交渉本部に部署間交渉指針を調整できる権限を与え、交渉指揮の役割も増やす必要がある。再び通商専門人材を育て、現地投資と対米輸入の促進、輸出自主規制など交渉手段も政府で作ることが求められる。米国内友好勢力も再び整備する必要があるだろう。

必要であれば、世界貿易機関(WTO)などに提訴をするべきだが、剣だけが手段になってはならない。盾を固く作る必要があり、体力をつけて「アメ」も準備しなければならない。何よりも通商専門人材に対する国民の声援が足りない。そして、結果に対して感情的に対応するよりは合理的かつ現実的な視点で見守らなければならない。「泥棒を捕らえる」努力が必要だが、今からでも縄を綯っておく努力を重ねなければならない。