【社説】韓国は改革不可能な国になったのか

  • 2015年4月2日

まったく改革とはいえない。公務員年金改革、労働改革がすべてそうだ。合意案を作る期間が過ぎたが、今まで何も出てきていない。国会公務員年金特別委がいわゆる大妥協機構からボールを渡され、6日から再稼働することにし、労使政委員会は今でも機能しているというが、より多くの時間が与えられても意味のある合意に至る感じはない。何よりも改革の意志が見られない。

韓国労働組合総連盟(韓国労総)を見てもそうだ。争点である通常賃金、勤労時間の短縮、賃金ピーク制の3大懸案と非正規職など労働市場の二重構造、低成果勤労者の一般解雇要件の5つの事項に対し、すべて受け入れ不可という立場だ。労・使・政の合意案が出てくれば、韓国労総内部で最終決定するという。改革の主体と客体の転倒だ。非正規職、青年失業問題が深刻だが、労組団体が何も手放せないと主張すると、何の改革をしようということなのか、当初予想したような労使政委員会を通じた労働改革は「不可」という声が出ている。

構造改革の枠づくりから間違っていた。社会的合意という名で改革の対象になる当事者をいわゆる大妥協機構と労使政府委員会に引き込んで改革するということからして問題だ。利害当事者が入っているため、妥協はまだしも改革は立つ瀬がない。しかも労組団体の代表性も低い。労組組織率が10%をやや超える状況だ。5%にならない韓国労総は高年俸勤労者の既得権であり、全国民主労働組合総連盟(民主労総)はゼネストを叫んでいる。全体勤労者の90%である一般勤労者の声は聞こえず、失業者と非正規職は枠の外にいる。

国会も同じだ。票を意識する状況で改革案は意味がない。新政治民主連合が公務員年金の核心数値を空欄にした奇怪な代案を提示しているのがそうだ。国会特別委が再稼働しても時間を浪費するだけで、成果を期待することはできない。

社会的合意というものがむしろ改革を防ぎ、集団的・利己的闘争の口実ばかり与える格好だ。労組団体は90%の勤労者と失業者には背を向けたまま貴族労組を代弁している。公務員でさえも、財政枯渇が予想されながらも既得権に固執する。野党は労・使・政が合意しても国会法制化過程で再議論が必要だと話している。限りない討論が続くだけだ。国会は改革不能組織だ。何か合意案が出てきても国民の怒りはさらに大きくなるだろう。自律改革は不可能だ。また危機を迎えてこそ改革するのだろうか。