韓経:【コラム】教育で成長した韓国、教育が危機だ

  • 2017年9月1日

持つものが人材だけという韓国で教育は成長潜在力の源だった。国家発展の原動力が地下資源でないことを立証したのが「漢江(ハンガン)の奇跡」だ。オバマ大統領もうらやんだ韓国の教育神話だ。

最近は全く違う。教育が葛藤の発電所であり、社会問題の縮小版になってしまった。土の箸、小川の龍、階層はしごなどの言葉も教育に起因する。二極化から第4次産業革命まで教育と無関係のところはない。

人口減少は経済だけでなく教育の問題でもある。2002年から本格化した超低出産(出生率1.3人未満)ショックが幼稚園から小・中・高校までドミノのように広がった。大学もすでに台風圏だ。さらに教師任用の急減、教育大の反発、期間制教師の正規職化要求などが絡んだ。未来どころか当面の問題に陥没して苦しんでいる。

さらに文在寅(ムン・ジェイン)政権の教育公約「公教育革新4点セット」が加わった。大学修学能力試験(日本のセンター試験に相当)の絶対評価、高校単位制、内申成就評価(5等級絶対評価)、外国語高校・自律型私立高校の廃止で「過度な入試競争、私教育費、教育格差を必ず解決する」というものだ。趣旨には非の打ちどころがない。しかし教育の公正と平等を強調しながらも逆に不公正という声を招いた理由を深く考える必要がある。

教育部は3週間の激しい論争の末、修学能力試験絶対評価の1年猶予を決めた。その過程を見ると「脱原発」とそっくりだ。強行、拙速推進、当事者の反発、利害の衝突、理念の対立…。一気に変えようとしたが葛藤だけを深める格好となった。政権の支持率は70-80%だが、教育政策に関しては35%に大きく落ちた背景だ。さらに中高校生の子どもがいる母親が背を向けているという話も聞こえる。

教育(特に入試)は揮発性が強いイシューだ。それでも歴代政権は私教育を減らそうと入試制度に手をつける誘惑に駆られてきた。金大中(キム・デジュン)政権当時の「学力低下」、盧武鉉(ノ・ムヒョン)政権当時の「内申・修学能力試験・論述すべてオールイン」のように現実ではとんでもない結果を招いた。大学が人生を左右する限り、いかなる制度も通用しないということだ。

政府が修学能力試験の改編を先延ばししたからといって「4点セット」の保留や廃棄を期待するのは誤算だ。「4点セット」には「競争のない幸せな国」という進歩左派のロマンが投影されているからだ。「落後者がいない個々人最適教育」という北欧モデルに目を向けている。また強引に推し進めるだろう。さらに左派教育団体は修学能力試験試験5等級絶対評価および同点者抽選、大学平準化まで主張するほどだ。

しかし「競争のない幸せな国」は幻想であり虚像にすぎない。人生自体が競争であり、いつかは誰でも激しい競争に直面する。入試を緩和すれば大学と就職、職場に競争が繰り延べられるだけだ。むしろ競争をさせてこそ承服し、競争が緩和される可能性がある。韓国は大学進学率70%、士農工商の身分秩序が残る密集競争社会だ。10代初めに進路が決まる北欧モデルは韓国に合わない。

優れた才能がなくても子どもは龍に育てたいというのが韓国の親だ。先行学習の軍備競争も「他の人たちがみんなさせているから」するほどだ。それでも私教育を減らすことが目標になってはいけない。私教育は教育の熱意と政策の結果であり、原因ではない。

大学入試、就職、兵役などでの不公正は誰もが怒りを抱く。政権の人たちが自分の子どもを特別目的高校に進学させたり留学させたりしながら教育の平等を強調する二重性ははっきりと記憶されている。教育のはしごを蹴飛ばしているのではないのかと誠意を疑う人も増えている。韓国の指導層が左右の区分なく自分は特別で例外的という「虚構的独特性(false uniqueness)」に陥っていることも確認した。

結局、なぜ教育制度を改めようとしているのか原初的な質問を投じることになる。生徒の数が減るほど、より優秀で才能豊かな精鋭人材に育てなければいけない。第4次産業革命時代に生徒の中学・高校選択権、大学の選抜権はすべて封じながら平等だけを強調してもよいのだろうか。教育が崩れれば未来もない。

オ・ヒョンギュ/論説委員