韓経:【社説】善良な成長、善良な課税…「善良な政府」コンプレックス?=韓国

  • 2017年7月27日

最近、政府・与党では「チャッカダ(善良)」という言葉が多い。文在寅(ムン・ジェイン)政権は経済政策のブランドから「善良な成長」としている。成長目標にこだわらず、人中心の成長、所得主導の成長などをまとめた概念として「善良な成長」を掲げたのだ。張夏成(チャン・ハソン)青瓦台(チョンワデ、大統領府)政策室長、金顕哲(キム・ヒョンチョル)経済補佐官らが主導するという。

最近論議を呼んでいる「富裕層増税」について、金太年(キム・テニョン)共に民主党政策委員会議長は「富裕層減税を正常化する善良な課税」と名付けた。「名誉課税」「サラン(愛)課税」「尊敬課税」に続いてもう一つ表現が追加されたのだ。これに先立ち国会で補正予算案の議論が難航した時も、青瓦台と与党の関係者は「善良な補正予算」と主張した。大統領と企業の対話に中堅企業では唯一招待されたオットゥギ(食品会社)も「善良な企業」の代名詞のように見なしている。

「善良」は誰でも使える言葉だ。人の性質を描写する形容詞だが、若者の間では「価格がチャッカダ」のように区分せず使われたりもする。しかし政府・与党が国政にまで「善良な~」を乱発するのは考えてみるべき問題だ。「善良な~」にはすでに価値判断が含まれている。自分たちが推進する政策は「善良」、それとは反対の見解や以前の政権の政策は「善良でない」というニュアンスが漂う。

政策は効果や副作用がある、ないがカギであり、善悪の判断対象にはならない。経済・社会現象の複雑多端を二分法に置き換えれば失敗する可能性ばかり高まる。「善良な企業」も同じだ。企業は利潤追求が目的であり、これを通じて雇用、納税、地域経済などに寄与する組織だ。このように見るとオットゥギも明るい面ばかりがあるだけではない。

「善良」という表現は他人が評価する言葉であり、自分に言う言葉ではない。それでも政府・与党が「善良な~」を乱発するのは「自分がすれば善」という独善と傲慢として映る。実質よりも妙名やフレーミングに重点を置くほど政策の効果と誠意に疑問が強まるだけだ。国政を導く力は成果にあり、包装ではない。成功した政府になるには「善良な政府」コンプレックスから捨てるべきだろう。