韓経:【コラム】北核と韓日シャトル外交

  • 2017年7月10日

「シャトル(shuttle)」とは、2つの地域を定期的に往復する航空機や列車、バスを意味する。1903年にライト兄弟が動力飛行に成功した後、商業的に航空シャトル運航を最初に始めた国はドイツだ。1910年6月にフランクフルトと近隣都市を結ぶシャトル路線を作った。第1次世界大戦後に航空産業が急速に発展し、シャトル運航は米国・英国などに拡大した。1910年代後半に米国の国内都市を結ぶ路線が相次いで登場した。英国は1919年8月にロンドン-仏パリ路線を開設し、初めて国際航空シャトル運航を始めた。現在シャトル運航は普遍化している。

航空機の運航に関連するシャトルを外交的に初めて利用したのはヘンリー・キッシンジャー元米国務長官だ。1970年代初期の中東戦争当時、キッシンジャー長官は平和交渉のための仲裁者の役割をした。キッシンジャー長官は自分の役割を「シャトル外交」と名付けた。双方が激しく対立している時に第三者が双方を行き来して対話を実現させる形だ。

「韓日シャトル外交」が登場したのは2004年。両国の首脳が格式に縛られず相手国を行き来して実務形式で会い、懸案を議論しようという趣旨で始まった。第三者の仲裁を意味するキッシンジャー長官のシャトル外交とはやや違った。同年7月に盧武鉉(ノ・ムヒョン)大統領と小泉純一郎首相は済州(チェジュ)で「ノータイ」姿で会談し、北朝鮮の核問題解決のために両国が緊密に連携することにした。5カ月後には盧大統領が鹿児島を訪問した。

しかし2005年10月に小泉首相が靖国神社参拝を再開し、シャトル外交は中断した。2008年当時、李明博(イ・ミョンバク)大統領と福田康夫首相はシャトル外交を再開した。両国首脳は何度か両国を相互訪問して首脳会談を行った。その後、2011年の李大統領の独島(ドクト、日本名・竹島)訪問と翌年の安倍首相の靖国神社参拝でまたシャトル外交は中断した。

文在寅(ムン・ジェイン)大統領と安倍首相は7日、20カ国・地域(G20)首脳会議が開かれた独ハンブルクで会い、シャトル外交の再開に合意した。両首脳は北朝鮮の核・ミサイル問題解決を最優先順位として緊密な連携を維持することにした。ただ、慰安婦問題については依然として平行線をたどり、今後シャトル外交を通じて議論していくことにした。

文大統領は最近、南北問題を主導的に導いていくという意志を何度か明らかにした。運転席の獲得を強調しながら、北朝鮮問題を解決するための調整力を発揮する課題も同時に抱えることになった。この課題の解決に日本との関係改善は必須だ。そのためにはいつまでも過去にこだわっているわけにはいかない。復元されたシャトル外交で両国は本当に未来に向かって進むことができるのだろうか。

ホン・ヨンシク/論説委員