韓経:【コラム】持続可能ではない「所得主導成長」=韓国

  • 2017年6月9日

新政府の経済政策の根幹は「所得主導成長」だ。家計所得を増やして経済を成長させるということだ。家計所得が増えれば消費が増加して経済が成長するという論理だ。非常にもっともらしい。しかし、実状を覗いて見ると話は変わる。家計所得を増やす方法が賃金を引き上げることだからだ。だから「所得主導成長」というのは事実上、「賃金主導成長」だ。実際、「所得主導成長」の正確な用語は「賃金主導成長(wage-led growth)」だ。賃金は家計にとっては所得だが、企業にとっては費用だ。「所得主導成長」というのは企業を犠牲にして家計を助けることに他ならない。「所得主導成長」という用語の代わりにその意味を明確に表わしている「賃金主導成長」という用語を使うことが正しい。

もちろん賃金を上げれば家計の所得が増え、消費が増加することが可能だ。しかし、賃金を引き上げれば企業の費用が増加して企業収益は減少する。賃金が上がった分消費が増え、増えた消費が企業の費用増加による収益減少を相殺することができれば幸いだ。しかし、賃金が上がった分消費が増えることは決してない。言い換えれば賃金が10%上がった時に消費が10%増加しはしない。なぜなら賃金が増えた時、年金・税金・利子費用などのような消費と関係のない支出も増加するからだ。したがって、賃金上昇にともなう企業の費用負担の増加分が消費支出の増加による企業の収入増加分より常に大きい。賃金を上げれば企業の収益が減り、規模を減らす企業が出てきて潰れる企業も出てくる。すると失業が増えて苦しむ人が増え、経済は成長するのではなく衰退する。だから「所得主導成長」というのは現実的に持続可能なことではない。「所得主導成長」という主張の中身をもう少し詳しく見てみると、フレデリック・バスティアの「割れ窓の誤謬」が思い出される。いたずらっ子の子どもが石でパン屋のガラス窓を破ったらガラス屋はお金を儲けるだろうが、そのお金はパン屋の主人が他の所に使うはずだったお金から出たものだ。同様に、「所得主導成長」から生じる家計の賃金引き上げ分は企業が他の所に使わなければならないお金だ。割れた窓ガラスは富を創り出すのではなく単純に富を移転し、むしろ富を破壊する。「所得主導成長」も同様だ。

企業が賃金を引き上げれば労働生産性が増加し、企業の費用上昇を相殺することができると主張する。もちろんそのような可能性がないわけではない。しかし、それは企業が自発的に決めるケースに該当する。企業が職員の士気を奮い立たせるために賃金を上げて職員が愛社心を持って自発的に熱心に働けば生産性が増加して賃金引き上げにともなう企業の費用上昇効果を相殺することができる。そうなればお互いにとって利益になる。しかし「所得主導成長」で言う賃金引き上げは、このような性格の賃金引き上げではない。第三者である政府が強制的に賃金を上げる場合だ。政府の強制的な措置で賃金を上げれば賃金を引き上げる主体が企業でなく政府と考えて労働者は企業に忠実でなくて政治的な活動をすることになる。すると生産性が増加するのではなくかえって減少する。

単に消費を奨励するだけでは経済の役に立たない。経済課題は消費欲望を刺激するところにあるのではなくその消費手段を供給すること、すなわち所得の創出にあるためだ。所得創出のためには企業活動を奨励するしかない。企業活動が旺盛になれば自然に消費に使える所得が創出され、賃金が上がることになる。このような点で「所得主導成長」は原因と結果が完全に逆転した主張だ。

政府がしなければならないことは企業活動を奨励して生産を促進することだ。企業活動を奨励するためには規制緩和、減税等を通して企業環境を改善することが必須だ。過去の各国の歴史を見ると、生産を促進しようとした政府は良い結果を得たが、消費を奨励しようとした政府は悪い結果を産んだ。「所得主導成長」ということは砂漠で蜃気楼を追うことと同じことだ。蜃気楼をずっと追いかけていては疲れて倒れるほかはない。

安在旭(アン・ジェウク)/慶煕(キョンヒ)大学教授・経済学、韓国制度経済学会会長