韓経:【コラム】済州オルレと九州オルレ

  • 2017年4月14日

済州(チェジュ)オルレができたのが2007年だったから、すでに10年が経過した。「オルレ」は狭い道を意味する済州の言葉だ。よく整った舗装道路ではなく、美しい小道、曲がりくねった道、忘れられた昔の道や途切れた道をつなぐ形で済州の海岸に沿って歩くのがオルレだ。言論人の徐明淑(ソ・ミョンスク)氏がスペイン・サンティアゴの巡礼路からヒントを得て造成した。歩く速度も遅く、余裕がある。

第1コース(始興-グァンチギ)から順に26コースができた。コースの長さは計425.3キロ。ソウル-釜山(プサン)の距離とほぼ同じだ。初年度は3000人にすぎなかった訪問客が今では年間100万人を超える。オルレができるまで済州を訪問する観光客は年間500万人にもならなかったが、2014年以降は1000万人を超えているため、オルレの貢献がそれだけ大きいといえる。これをモデルした智異山(チリサン)ドゥレキル、南海(ナムヘ)バレキルなども登場した。

日本にはブランドを売った。一種の文化観光輸出だ。九州オルレは済州オルレの名前からコース造成過程まで同じように適用された道だ。案内表示もカンセ(済州オルレの象徴の馬)と矢印、リボンをそのまま使った。リボンの色だけが違う。済州ミカンを象徴するオレンジ色の代わりに日本人が好む朱色に変えた。すでに知られている観光地よりも、村や小さな店を通るコースも済州方式だ。地域経済に寄与しようということだ。

九州オルレは2012年、佐賀県武雄コースから始まり、毎年2-4コースずつ増えた。先月までに19コース・222.5キロが造成された。今後、30コースまで増えるという。九州側は諮問料とブランドロイヤルティーとして毎年、済州オルレに100万円を支払う。済州の女性が作った済州オルレの代表記念品「カンセ人形」を輸入したりもする。2016年3月まで九州オルレの訪問客は約22万3000人。このうち韓国人が63.3%(14万1500人)にのぼり、韓国人観光客誘致という九州の最初の目標は十分に達成した。

済州オルレは今年、モンゴルの首都ウランバートルに商標とコンテンツを輸出する。6月に2コースが先にできるという。カナダや英国など8カ国・9コースとは「友情の道」を結んで連係事業をする。

「ノルモン、シモン」(済州の言葉で「遊びながら休みながら」)楽しむ済州オルレの素朴な旅程が世界に伸びている。22日には済州北西側の海岸風景に沿って歩く15-Bコースも開かれる。春の日の午後、藍色の海を眺めながら海岸の道を散策してみたい。

コ・ドゥヒョン/論説委員