【コラム】韓国経済の復原力喪失を憂慮する(1)

  • 2015年5月18日

3件の「社会的経済基本法案」が国会に係留中だ。立法の目的は社会的経済の持続的発展のための政策推進体系を構築し、共同体構成員の共同利益と社会的価値を実現して国民経済の均衡発展を図ることだ。資本主義の市場経済の限界を社会的経済で補完し、貧困と両極化の解消、社会構成員間の協力と連帯強化などを通して社会的価値を実現するということだ。法案では社会的経済を社会的企業、協同組合、自活企業などの社会的経済組織が社会的価値をつくり出すすべての経済的活動として定義している。また社会的価値というのは社会のすべての領域で公共の利益と共同体の発展に寄与する公益的な価値を指し示す。

この法案が国会を通過すれば、韓国は全体主義の沼にはまって戻ることが難しい貧しい国へと転落するだろう。韓国経済が経済の民主化と福祉国家という名のもとにピークをつけて下降しつつあるところに社会的な経済基本法案が発効されれば、最後に残った回復の可能性まで消えてしまうからだ。

まず「社会的」という用語が乱舞する現象は、韓国が目指す自由市場経済という思想的な土台が崩れているという致命的な兆候だ。この用語は、大規模な社会秩序の運行原理にふさわしい経済・価値・権利・責任などの名詞に冠形語で接合されてこれらの名詞が表現する真の意味を歪曲する。フリードリヒ・ハイエクの表現によれば「イタチのような言葉」だ。イタチが卵の中身を全て吸い込んで表面は完全に残すように、名詞の表面は完全だが真の意味の内容は跡形もなく消えるという意味だ。表面的には市場経済なのに中身はガランとした空洞になっているという言葉だ。

社会的価値もまた定義することのできない虚構の用語だ。正義らしい行為準則を前提に形成される自然発生的な社会秩序で特定価値を追求する主体は個人にすぎない。個人は自然発生的な秩序形成に重要な行為準則を共有し、その秩序の中では互いに比較できない各自固有の価値を追求する。したがって共同の価値を意味しようとする社会的価値を定義することはできない。