韓経:【コラム】韓国で企業家として生きるというのは…

  • 2016年12月16日

聴聞会に出てきた国会議員はそれぞれ聴聞会スターを念頭に置いているのか、聴聞会の積弊は相変わらずだ。怒号はもう見慣れたものになった。ある国会議員は李在鎔(イ・ジェヨン)サムスン電子副会長にろうそく集会で群衆が掲げたという「財閥も共犯だ」という印刷物を見せ、これを認めるかと迫った。満足しなかったのか、財閥会長に向かってろうそく集会を実際に見た人は手を挙げろと言った。この議員は李副会長に朴槿恵(パク・クネ)大統領と個別面談したことがあるのかと尋ねた。創造経済革新センターなどを話題に30分間ほど話したという返答に、「大統領の頭では創造経済について30分間話すことはできない」と声を高めた。これが聴聞会だ。

別の議員は崔順実(チェ・スンシル)ゲートとは関係がない「ギャラクシーノート7」について叱責した。ノート7の失敗は未来戦略室という皇帝経営の旧態が招いた惨事ということだ。「能力があまり良くないようだが、専門経営者体制に進まざるを得ないのでは」と詰問した。なら、ギャラクシー6までの成功はどう説明するのか。経営能力が不足すれば市場が先に反応する。未来戦略室を存続させるかどうかはサムスンが処理することだ。

サムスンの立場で経営権の継承より重要な懸案はない。サムスンの経営権継承は後継者がサムスン電子株を増やす過程だ。サムスン物産がサムスン電子株を4.06%保有しているため、李副会長としては第一毛織とサムスン物産の合併を通じて間接的にサムスン電子に対する支配力を補強しなければいけない。こうした理由で両社の合併は市場で早くから予想されていた。その過程で株式持ち合いの一部が解消され、事業再編で新しい事業を探ることができるため、十分に考慮してみる商業実験だ。

第一毛織とサムスン物産の合併比率(1対0.35)は合併決議直前の1カ月、1週、直前の株価を算術平均したもので、適法に算定されたものだ。争点は朴大統領が対価を望んでサムスン物産の合併を側面支援したかどうかだ。国民年金が合併に賛成票を投じたのが「青瓦台(チョンワデ、大統領府)の圧力によるもの」かどうかに狭まる。

もし国民年金が反対して合併が失敗に終わっていれば、国民年金は投機資本に踏み台を置いたという世論の逆風を受けていたはずだ。当時の合併は激しい法廷闘争の結果だった。エリオットが出した「株主総会の合併決議禁止」抗告審と「サムスン物産がKCCに渡した自社株議決権禁止」抗告審で、裁判所がサムスンに軍配を上げたために合併が実現したのだ。合併の紛争は依然として進行形だ。ソウル高裁は5月末、サムスン物産株買収請求価格の約16%引き上げ決定をした。裁判所が自らの論理を表明する非訟事件の形式を借りたのだ。大韓民国は軽い国ではない。

もし朴大統領が買収・合併を助ける見返りに私的な利益を得ようとしていれば大統領自身がお金に直接かかわっていたはずであり、公益財団に寄付しろと企業の腕をねじったりはしないだろう。特検は「第三者贈収賄罪」適用を検討しているという。朴大統領がその職務に関して不正な請託を受け、財閥に第三者である財団に寄付するよう事実上強制したという解釈だ。激しい法理攻防が予想される。

結局、すべての争点は政経癒着に帰着するが、政府が許認可権と事業権を振りかざして資金を配分する時代はすでに過ぎた。逆説的に現在の韓国社会の問題は「政言癒着」だ。「朴槿恵と崔順実は同級で共同政権だと感じた」という証言は政治とメディアの合作だ。ここに強硬な労組と広場専門家が同盟軍として合流している。「鉄の三角編隊」はこのように作られた。

韓国で企業家として生きていくというのは「馬鹿な道」を進むことかもしれない。個人の持ち株比率が減って経営権を奪われるかもしれない中、世界トップになって国家競争力を高めることを報国と考えてきたが、誰もその苦悩を理解しようとしない。青少年にとって財閥のトップは親に恵まれた貪欲な2世、3世にすぎない。企業家はただ嘲弄の対象だ。経済は生活の基盤だ。経済という船が沈めばすべてのものが終わる。反企業情緒を云々するのはむしろ贅沢だ。

チョ・ドングン明知大教授・経済学/客員論説委員