韓経:【コラム】企業するのが「奇跡」の国、大韓民国

  • 2016年11月17日

「こんなことをするために企業家になったのか」。大企業の会長らも夜中にソウル中央地検の庁舎を出ながらため息をついたようだ。政治と企業の関係は第5共和国当時と何も変わっていないということだ。

検察は何を望んで会長らを呼んだのだろうか。大統領が強要したという、その際に対価を受けたという言葉を聞きたかったのだろうか。取りあえず会長らは大統領の良い考えに自発的に参加しただけであり、対価はなかったと答えただろう。

寄付が少ない、青瓦台(チョンワデ、大統領府)の行事に遅刻したとしてグループをまるごと吹っ飛ばしてしまう国だ。1985年、財界ランキング7位・国際グループの解体のことだ。8年後に憲法裁判所がグループ解体は違憲だと決定した日、ソウル寿松洞(スソンドン)事務室で会った梁正模(ヤン・ジョンモ)会長は「こんな国で企業をした私が馬鹿だった」と興奮が収まらなかった。

第5共和国当時と比較するのは度が過ぎるのか。決してそうではない。大統領と親せき、側近の姿は少しも変わっていない。考えてほしい。直接・間接的な不正を理由に国民に向けて謝罪をしなかった大統領がいるだろうか。まして明るみで出ていないものも多い。

企業は大統領の統治と退任後のために資金が出さなければならなかった。想像できないほどの規模だった。容易でなければ、基金や寄付、協賛金の形で取られた。企業がさまざまな名目で負担する準租税は年間20兆ウォン(約2兆円)以上にのぼる。法人税の半分を超える。このような国はない。

大統領の政治功績なら「無条件の寄付」となる。対北朝鮮協力のため、4大河川建設とグリーン成長のため、創造経済のために大金を出さなければならなかった。庶民貸出の窓口が高ければお金を集めなければならず、中小企業が厳しい状況でも基金を出捐しなければならなかった。青年失業と伝統市場の沈滞の責任も企業が負った。洪水になって冬が訪れても出し、オリンピック(五輪)をしても大型事故が発生してもお金を出す。今回は文化隆盛とスポーツ韓流だ。そのお金がどこへいくかは知る由もない。それでも出してまた出さなければいけない。うんざりする。

大統領が個別面談をしようというのに拒否する大胆な財界人はいない。むしろ光栄だ。ところが大統領が持ち出す話はお金だ。ノーと言えるだろうか。対価を期待して? とんでもない。企業家は「不敬罪」がどれほど恐ろしいのかをよく知っている。少しでも間違えれば、検察と国税庁が飛んできて、公正取引委員会が飛びかかる。苦労して育てた事業をそんなことで台なしにできるだろうか。

大統領が気に入らない民間企業の最高経営責任者を退かせ、海外に追い出す現実だ。信じられるだろうか。「企業は2流、行政は3流、政治は4流」というある財界トップの発言は依然として有効だ。

実務者を呼んで確認してもよい。検察はそれでもあえて財界人を呼んで恥をかかし、世論の袋叩きを誘導する。これが何の役割だろうか。グローバル市場を飛び回り、時間に追われている人たちだ。会社の業務には大きな支障が生じ、リスクは高まる。それだけではない。企業の家宅捜索と会長の検察出頭の写真はメディアを通じて海外に広まる。韓国と韓国企業のイメージはどうなるのか。腐敗企業という印象を与えれば該当企業はもちろん国家全体にマイナスだ。

「準租税防止法」でも発議し、企業が政治の募金横暴から逃れられるよう制度的な装置を用意することが政界が今するべきことだ。それでも野党は大企業を大統領と共謀して私益を追求した国政壟断の当事者とし、会長の公開召喚を促した。政治家がこのような衝動を起こせば、反企業情緒はどうなるだろうか。

大統領が財界人と個別面談してするのはせいぜい協賛要求だ。財界人に随時会って問題点を聞き、国の未来をともに設計するというのは遠い国の大統領の話にすぎない。青瓦台の首席秘書官という者は連絡の役割でもして。

与野党が特別検察官と国政調査に合意した。来年4月まで続く日程だ。会長らはその時まであちこちに呼ばれ、政治の犠牲になる。企業親和的なものは一つもない。韓国で企業をするというのが理由もなく「奇跡」といわれるわけではない。

キム・ジョンホ首席論説委員