韓経:「強制徴用犠牲者に韓日政府が関心を」

  • 2016年2月3日

先月30日、山口県宇部市床波で開かれた「長生炭鉱水没事故犠牲者慰霊祭」で僧侶が梵唄に合わせて踊っている。

「父さん、私が来ました。会いたい」--。先月30日、日本下関から南に61キロ走って到着した山口県宇部市床波。74年前、長生炭鉱水没事故で父を亡くしたチョン・ソクホさん(85)は海に向かってこう叫んだ後、しばらく言葉をつなぐことができなかった。

犠牲者183人のうち136人が強制徴用された朝鮮人だった長生炭鉱水没事故は最悪の惨事だった。クモの巣のような海底炭鉱は10キロも続いた。通過する船の音が聞こえるほど坑道は海底面のすぐ下にあり、何度も漏水の危険に苦しんだ。危険な海底炭鉱には主に朝鮮人強制徴用者が動員された。事故当日の状況をチョンさんはこのように証言した。

「1942年2月3日午前、西岐波小学校で授業中だったが、先生が『海で事故が発生したので炭鉱の近くの児童はみんな家に帰りなさい』と話した。海に行ってみると、換気口から水が上がっていて、坑道の入り口では泣き声が響いていた。私たち5人の兄弟姉妹はこうして父を亡くした。その後は社宅から追い出され、同期生の家の馬小屋で母と5人の子どもが生活しなければいけなかった」。

事故が発生した後、日本政府は民間企業の過失という理由で責任を認めなかった。事故が世間に知らされたのは宇部女子高の歴史の教師だった山口武信さん(1930-2014)が水没事故に関する論文を1976年に発表しながらだ。1991年に山口さんと良心ある日本人が「長生炭鉱の水非常を歴史に刻む会」を設立し、寄付3000万円を集めて追悼碑を建てた。

この日、こここで仏教界が準備した初めての慰霊祭が開かれた。慰霊祭には当時の事故で亡くなった韓国人強制徴用犠牲者の遺族16人と曹渓宗・天台宗・真覚宗など韓国仏教界の僧侶約40人、日本人約130人が出席し、犠牲者を慰霊した。海辺で献花を終えた出席者は約500メートルほど離れた追悼碑の前で犠牲者の魂を極楽に送る「薦度斎」を行った。尼僧が梵唄に合わせて踊り始めると、遺族はこらえていた涙を流した。

慈乗(チャスン)曹渓宗総務院長は追悼の辞で「戦争に執着した誤った欲が水没事故の犠牲者の苦痛と束縛を治癒できず、人間の道理を奈落に落としてしまった」とし「故郷の山河、家族の懐に抱かれるように平穏な日のために祈る」と述べた。

「長生炭鉱の水非常を歴史に刻む会」は遺骨収拾のために100万円をかけて専門的な調査を行っているが、日本政府の反応は消極的だ。韓国でも長生炭鉱を知る人は多くない。「長生炭鉱の水非常を歴史に刻む会」の井上洋子共同代表(65)は「長生炭鉱水没事故は被害者のほとんどが朝鮮人という点で非常に象徴的な事件」とし「日本政府は過去を直視し、韓国政府もこの問題に関心を持つことを望む」と述べた。