【コラム】安倍談話vs朴槿恵談話(2)

  • 2015年8月18日

70周年を迎えた植民地朝鮮の解放は、米国など連合国が勝利した結果であり、我々の内部の闘争の結果だけではなかった。李承晩(イ・スンマン)などごく少数の先覚者を除けば、それは植民地朝鮮人の予想外の事件だった。その後3年間、激しい建国過程があったが、8.15解放そのものは連合国の勝利の結果だった。自由主義が全体主義に対する世界史的な勝利を収め、その後にも米国と血盟体制を維持したのが韓国人にとって大きな祝福だったということが言及されればよかった。大統領が言及した70年間の奇跡のような成功も、韓国が自由の陣営に属したこと、米国など友好国の呼応があったためだという事実は否めない。

それが真実に近く、しかも世界に対する礼儀だ。歴史には大韓民国の建国のように偶然の祝福もあるものだ。ただ自分たちの努力だけで解放されたと言えば、世界は内心、嘲笑するかもしれない。独立闘士の艱難辛苦に感謝する気持ちと自由の同盟国に感謝を表すのは全く矛盾しない。サンフランシスコ条約は日本の敗北を確定する条約だったが、韓国がその戦勝国の名簿に入らなかったという事実を指摘するからといって、殉国烈士の犠牲が軽視されるわけでもない。

闘争の結果ではなかったという事実は恥ずかしいことだが、それを自力争奪に言い換えるのはもっと恥ずかしいことだ。痛みの歴史を反省できてこそ、奇跡のような、そして偉大な成就を誇ることができる。我々が旧韓末のその特定の時期を大韓帝国と高めて呼んだり、高宗(コジョン)皇帝と呼ぶ時、言語の虚しさを感じるのもそのためではないだろうか。出発は厳しかったが、すでに十分に自らの成功を誇れるほどの国に成長したのが大韓民国だ。これ以上、何のレトリックが必要なのか。大韓民国の解放とその後のことに関し、世界の友邦に感謝を表明するのは日本の謝罪を受けることほど重要だ。成熟した国であるのならそうしなければいけない。