【社説】安倍首相はまず戦前の日本政治に対する反省から

  • 2015年8月12日

日本の安倍晋三首相が14日に発表する戦後70年談話(安倍談話)に「おわび」の表現を入れるという日本メディアの報道が続いている。謝罪だけでなく「反省、侵略、植民地支配」という4大キーワードを全て含めるだろうという観測も出てくる。ただし戦後50年の村山談話(1995年)、60年の小泉談話(2005年)を引用したり一般論的な言及をしたりする程度にとどまるだろうという分析だ。謝罪の表現さえ排除すると言っていた安倍首相が、日本国内の世論まで悪化すると一歩後退するようだ。

今回の談話は、内外の圧力に押された謝罪の姿を帯びる公算が大きくなった。安倍首相は安保法の影響で支持率が30%台に急落した上に、米国など国際社会からの視線も突き刺さる。政界の元老である中曽根元首相や最大新聞の読売、連合政権パートナーの公明党までが侵略の認定と謝罪を促しながら名分を重ねた。

だが、安倍談話がどんな内容を盛り込もうが今回も心からの反省を期待することは難しく思える。談話の表現と普段の安倍言動の不調和のためだけではない。日本が数えきれないほど反省や謝罪を並べても真正性が感じられないのは、自身に対する真剣な過去の歴史反省がないからだ。20世紀前半に狂気じみた全体主義に陥って国民を死の淵に追い込み甚大な被害を抱かせたことから反省して初めて隣国に対する反省が可能だ。そうでなくては、常に虚構の修飾語に聞こえるだけだ。

安倍首相は日本の全体主義的の狂気から反省してこそ当然だ。これは日本が正常な国家に向かうために必ず経なければならない過程だ。それでこそ真正性も認められる。安倍首相が戦後70周年の談話に必ず入れなければならないのは、隣国に対する謝罪に先立ち、まずは内部の歴史的過ちからの反省だ。